医療法人設立におけるメリットやデメリットとは?
「個人病院の経営が安定してきたし、そろそろ法人化して事業拡大しようか?」
このように漠然と医療法人化を考えている方は多くいらっしゃいます。
確かに、医療法人を設立することで、事業の拡大は可能になります。
ただし、その一方でデメリットやリスクもあるため、法人化を検討する際には、今の事業状況や今後の経営方針と照らし合わせて慎重に判断することが大切です。
この記事では、医療法人化のメリットとデメリットについてご紹介。
リスクを把握したうえで、医療法人化を検討した方がよいケースについても解説します。
医療法人化をご検討中の方は、ぜひ参考にしてみてください。
医療法人とは?
「医療法人」については、医療法第6章で以下の通り定められています。
第三十九条 病院、医師若しくは歯科医師が常時勤務する診療所、介護老人保健施設又は介護医療院を開設しようとする社団又は財団は、この法律の規定により、これを法人とすることができる。
2 前項の規定による法人は、医療法人と称する。
つまり簡単に言うと、医療法人とは病院、診療所、介護老人保健施設、または介護医療院の開設を目的として設立される法人です。
日本の医療機関(病院・一般診療所・歯科診療所)のうち医療法人が占める割合は約35%で、個人の53%に次いで多くなっています。
個人病院との違い
個人病院との違い一覧は以下の通りです。
医療法人 | 個人病院 | |
---|---|---|
種類 | 病院、診療所、介護老人保健施設、看護師学校、医学研究所、精神障害者社会復帰施設など | 病院・診療所 |
許認可 | 都道府県知事の許可が必要 | 届出のみ |
登記 | 必要 | 扶養 |
診療所数 | 複数の分院が開設可能 | 1カ所のみ |
役員報酬 | 1年固定で自由に決定可能 | なし ※売上-経費が利益になる |
決算日 | 1年以内で自由に決定可能 | 12月31日 |
決算書の提出 | 必要 | 扶養 ※青色申告者は必要 |
退職金制度 | あり | なし |
社会保険 | 加入義務あり | 5人以下の場合は加入義務なし |
立ち入り検査 | 定期的にある | なし |
医療法人は個人である医師とは別人格になるため、経営で得た財産はすべて医療法人に帰属します。
これにより、医療法人では契約や報酬など事業運営に関する要素は、明確に医師個人と法人で区別されます。
たとえば、個人病院の場合、売上から経費を差し引いた事業所得はそのまま自分個人の所得になっていたかと思います。
しかし、医療法人化すると、個人と法人の財産が明確に分けられるため、医療法人の経営者となる自分自身に医療法人から給与が支払われることになるのです。
また、医療法人の場合、開設できる施設数や行える業務範囲など、普通の法人化にはない違いもあります。
とくに開設できる施設数や業務範囲は今後の事業計画にも大きく関わってくるところです。
たとえば分院をして事業規模を大きくしたいなら、医療法人化は避けられません。
もしくは診療所・病院以外の施設を開設したいという場合も医療法人化が必須です。
法人化の3つのメリットについて解説
個人医院を医療法人化した場合、以下の3つのメリットが発生します。
- 社会的信用の確立
- 経営体制の強化
- 節税効果
3つとも開業医として働くうえで有益なメリットなので、しっかりと確認しておきましょう。
社会的信用の確立
医療法人化の1つ目のメリットは、「社会的信用が確立される」ということ。
その理由は以下の通りです。
- 設立自体に都道府県知事の厳格な審査を経ているため。
- 法人会計の採用により個人資産と法人資産が分離され、財務状況が明確になるため。
- 「事業報告書等」「監事監査報告書」の閲覧提供および都道府県知事への提出が義務付けられているため。(虚偽記載・提出懈怠は罰則対象)
- 健康保険、厚生年金保険の加入が義務付けられているため
上記のように、医療法人の設立にあたっては、都道府県知事の厳格な審査を受ける必要があり、また個人資産と法人資産を明確に分離することも求められます。
これらの要件が、社会的信用性の裏付けとなる役割を果たすのです。
この結果として金融機関の融資が受けやすくなる、福利厚生が充実してスタッフ募集の際有利となる、などの効果が見込まれます。
経営体質の強化
医療法人化の2つ目のメリットは、「経営体制が強化される」ということ。
以下のような制約の解除により、経営体質の強化が可能になります。
- 社会保険診療報酬の源泉徴収がなくなる
- 事業継承・相続対策等を計画的に進めやすくなる
- 分院や介護保険事業等への事業展開がしやすくなる
それぞれについて解説します。
社会保険診療報酬の源泉徴収がなくなる
個人の場合は、社会保険診療報酬支払基金より振り込まれる際、源泉徴収税が差し引かれて入金されますが、法人では、源泉徴収税額が差し引かれることなく入金されます。
そのため、毎月のキャッシュフローが改善されます。
事業承継、相続対策等を計画的に進めやすくなる
個人病院を経営する開業医の場合、事業承継の際にはその事業規模や収益に応じて多額の相続税や贈与税が課されます。
その一方で、医療法人として事業承継を行う際には、理事長の変更のみで承継することができます。
将来的に事業を子どもに引き継ぐことを考えているのであれば、医療法人化して事業継承や相続の対策をすることがおすすめです。
なお、その場合は「持ち分なし医療法人」となります。
分院や介護保険事業等への事業展開が可能になる
医療法人化すると、分院展開や介護事業所の開設など、複数のクリニックや事業所の経営が可能となります。
分院開設の大きなメリットは、売り上げ増を見込める点です。
分院展開をすると、診療圏や診察範囲を拡大できます。
分院は、県をまたいで設けることも可能です。その場合は広域医療法人となるため、定款変更許可申請が必要になるケースもあり、より複雑化してしまいますが、活動の場を幅広い地域に広げたい場合は挑戦してみましょう。
また、本院が外来専門の診療所として運営されている場合、分院には住宅診療専門などの本院にはない機能を新しく設けることも可能です。
例えば、本院が整形外科の場合は、リハビリ専門のクリニックを分院として設けることで、法人内提携を実現。
相乗効果で売上の底上げにも寄与するでしょう。
また、スケールメリットを利用して医薬品や消耗品、検査費用などを割安で入手することができるため、経費削減にもつながります。
節税効果
医療法人化の3つ目のメリットは、「節税効果がある」ということ。
医療法人化における節税スキームは以下の通りです。
- 所得税から法人税に変わる
- 給与所得控除で経費の二重控除が可能
- 所得の分散が可能
それぞれについて解説します。
所得税から法人税に変わる
個人医療と法人医療では負担する税率が異なります。
個人医療の場合は、所得が増えれば増えるほど税率が高くなる超過累進課税(所得税)が適用されます。
税率は最大で55%まで高くなることも。
それに対して、医療法人の場合は所得に対して一定の税率を負担する比例税率(法人税)が適用されます。
最高税率は約17.59%(800万円を超えた部分のみ27.21%)ト、法人税の方が所得税より格段に低いため、医療法人化することにより法人税が適用され節税することが可能です。
ただし、所得金額によっては個人医療の方が税負担を軽減できる場合があります。
給与所得控除で経費の二重控除が可能
院長は、法人化後は理事長となり、 所得の区分が「事業所得」から「給与所得」になります。
理事長の給料を、役員報酬として設定するのでサラリーマンと同じく給与所得控除が給料の5%+170万ほど受けられるようになります。
所得の分散が可能
法人化により、所得を「法人」と「理事長」、さらに家族の「理事」などの給与に分散することができます。
このことにより累進課税の税率低下を狙うことが可能です。
家族の理事としての給与額も、個人診療所の専従者より医療法人の理事の立場の方が責任があるということで、ある程度の高額でも認められやすくなります。
法人化のデメリットやリスクはある?
法人化によるデメリットやリスクは、大きく以下の2つに分けられます。
- 医療法人の付帯業務禁止規定によって、業務範囲が制限される
- 社会保険・厚生年金強制加入による負担増加
- 特別な理由がない限り、安易に医療法人の解散はできない
- 毎年の事業報告、資産の変更登記、各種届出など監督官庁に対する手続の量が増加する
それぞれについて解説します。
医療法人の付帯業務禁止規定によって、業務範囲が制限される
医療法人の業務は「本来業務」「附帯業務」「付随業務」「収益業務」の4つに大別されます。
「本来業務」以外は、基本的に事前の申請手続きが必要なもの、監督官庁から規制を受けるものがありますので注意が必要です。
【参考】医療法人が実施可能な付帯業務例
- 医療関係者の養成又は再教育
- 医学又は歯学に関する研究所の設置
- 医療法第39条第1項に規定する診療所以外の診療所の開設(巡回診療所等の経営)
- 疾病予防のために有酸素運動を行わせる施設であって、診療所が附置され、かつ、その職員、設備及び運営方法が厚生労働大臣の定める基準に適合するものの設置
- 疾病予防のために温泉を利用させる施設であって、有酸素運動を行う場所を有し、かつ、その職員、設備及び運営方法が厚生労働大臣の定める基準に適合するものの設置
- 前各号に掲げるもののほか、保健衛生に関する業務(但し、厚生労働省通知により列挙された業務に限る)
- 社会福祉法第2条第2項及び第3項に掲げる事業のうち厚生労働大臣が定めるものの実施
- 老人福祉法に規定する有料老人ホームの設置
社会保険・厚生年金強制加入による負担増加
法人成した場合、厚生年金・健康保険に加入しなければなりません。
個人医院でも職員が5人以上となると加入する義務が発生します。
確かに、社会保険料が発生することになるので、確かに雇用側の負担は増加します。
その一方で、社会保険があるというのは一職場としての魅力につながるため、採用時の応募率や採用後の職場定着率の向上が見込めるでしょう。
特別な理由がない限り、安易に医療法人の解散はできない
医療法人の場合には解散を行う場合であっても、解散事由は医療法に定められており(医療法55条)、法律が定めている以外の事由による解散は認められません。
具体的に医療法が解散事由と定めているのは次の7つです。
- 定款をもって定めた解散事由の発生
- 目的たる業務の成功の不能
- 社員総会の決議(社団のみ)
- 他の医療法人との合併
- 社員の欠乏
- 破産開始手続き開始の決定
- 設立認可の取消し
そして場合解散の理由により、行政機関の許認可が必要な場合があります。具体的には上記の2.目的たる業務の成功の不能や3.社員総会の決議(社団のみ)で解散する場合です。
上記の場合は、たとえ誰も解散に反対していない場合でも、医療法に定められて上記の要件に該当しない限り解散はできません。
これは、医療法人は地域に安定的、継続的な医療活動を提供する公益的な役割を期待されているため、理事や社員だけの意向で自由な解散を認めてしまうと、例えばへき地などで医療サービスを受けられなくなる人が出る等の弊害があるからです。
この点医療法人の解散手続きを会社の解散手続きと同様に考え、社員総会で決議すれば会社と同じように簡単に医療法人を解散できると勘違いしているケースが非常に多く見られますので、ご注意ください。
毎年の事業報告、資産の変更登記、各種届出など監督官庁に対する手続の量が増加する
事業報告書や資産登記、理事会の議事録などをたびたび作成しなければならなくなります。
設立時については、かなり複雑な手続きが必要となりますので、院長先生ご本人や事務長が行うことは不可能です。
設立時の手続きは外部への委託が必要になります。
また、医療法人は、事業年度終了後に都道府県に対して事業報告書の提出が義務付けられており、この事業報告書は誰でも閲覧が出来ます。
つまり、自分の医療機関の財務情報が公表されるという事ですから、見せたくない情報が開示されるというデメリットがあります。
あとはこの事業報告書の提出や、総資産の登記変更など細々とした事務が発生するために、その都度、手間と費用が発生する点もデメリットと言えるでしょう。
リスクがあるうえで、医療法人化を検討した方がよいケースとは?
リスクを把握したうえでも医療法人化を検討した方がよいケースは以下の通りです。
- 年間事業所得が1,800万円を超えている
- 社会保険診察報酬が5,000万円を超えている
- 個人病院の開業7年目を迎える
それぞれについて詳しく解説します。
年間事業所得が1,800万円を超えている
開業医としての年間事業所得が1,800万円を超えている場合、医療法人化することで個人の所得に対して大きな節税効果を望むことができます。
個人病院の場合、年間の事業所得が1800万円を超えると累進課税によって所得税の税率が40%になってしまいます。
一方、医療法人であった場合に課される法人税は15%~23.2%という税率です。
開業医の事業所得にかかる税金と、医療法人化して給与所得者になった場合では、給与所得者としての納税額の方が安く抑えられます。
そのため控除やほかの条件を考慮して、この年間所得1,800万円というラインが、医療法人化を考える1つのタイミングでであると言えるでしょう。
社会保険診療報酬が5,000万円を超えている
社会保険診療報酬が5,000万円を超えている場合、医療法人化を検討しても良いでしょう。
社会保険診療報酬が5,000万円を超えると、「概算経費」の利用ができなくなります。
概算経費とは、開業医に認められている特例措置で、実際に使った経費ではなく社会保険診療報酬の額によって決められた分を、経費として計上することのできるものです。
待合室用にと毎月購入している雑誌代や生花代、水槽の維持費などについて、医師が毎月の細かい事務作業に煩わされることなく医療行為に専念できるように配慮した制度です。
実際にかかった費用よりも経費として多く計上することで、収益を減らし、課税額を抑えることができます。
この制度は社会保険診療報酬が5,000万円以下(社会保険診療報酬と自由診療報酬を合わせた場合は7,000万円)のケースでしか使うことができないため、社会保険診療報酬が5,000万円を超えたタイミングで医療法人化を考えるのもひとつの手です。
個人病院の開業7年目を迎える
個人開業医のままでいると、開業7年目からは課税対象額が上がるため、医療法人化の検討タイミングと言えます。
開業時に導入した医療機器は、償却期間が6年目までと定められています。
6年かけて減価償却分として毎年経費計上することができていたものが、7年目からは経費計上することができなくなるのです。
医療機器の償却期間外になり、減価償却を利用することができなくなると、収入から差し引くことのできる経費が大幅に減り、収益が大きくなることで課税対象額が上がります。
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記事まとめ
この記事では、医療法人化のメリットとデメリットについてご紹介。
リスクを把握したうえで、医療法人化を検討した方がよいケースについても解説しました。
医療法人化によって、事業拡大や節税が可能になるなどのメリットはありますが、その一方で業務範囲や解散規定等の制約が増えたり手続きや届出の作業が煩雑になるなどのデメリットもあります。
ただし、以下の3つに当てはまる場合は、医療法人化の検討をおすすめします。
- 年間事業所得が1,800万円を超えている
- 社会保険診療報酬が5,000万円を超えている
- 個人病院の開業7年目を迎える
法人化を検討する際には、今の事業状況や今後の経営方針と照らし合わせて慎重に判断しましょう。